Anty Doll
Anty Dollと、ひと夏一緒にショーの仕事をする事になった。
Anty Dollはマウイ島のケイキフラの先生。名前の通りとてもかわいい女性だった。
その後もマウイ島で彼女からイプヘケを習ったり
息子さんがタヒチアンダンスクラスを持っていたので一緒に練習させていただきました。
  
マウイ島にいる間は、子供のクラスからアダルトクラスまで全部参加してしまったので、
自分のパートナーが5才の女の子になっちゃたりしてすごく楽しかった。




KEANAE
AntyがKEANAEと言う曲を教えたいと言った。
全く知らない曲で個人レッスンだった。
歌はHUI OHANAのデニスパパオ。
この方も想い出いっぱいの方なんで、この曲を与えられてすごくうれしかった。
 毎日毎日デニスパパオの歌を聴きながらフラ踊って、しっかりマウイ気分。
KEANAEが出来あがった頃Antyが〜KEANAEに行こう〜と言った。
KEANAEは海に面した小さな村で小さな教会と小さなお墓があるだけ。
この小さなお墓がハワイらしくてすごく可愛かった。
私達は山の上の森深く歩いて行った。
すると突然パーっと目の前が開けてタロイモ畑になった。
ここはマウイ・タロイモ保存協会みたいになっていて、
昔ながらのやり方でタロイモを作っているらしい。
〜ここがKEANAEよ。〜
Antyがウクレレを取り出しKEANAEでKEANAEを踊れと言った。
お客様はタロイモ畑を耕していた人達。
現地の人達に混じって白人も何人かタロイモ畑を耕していた。
KEANAEでKEANAEを踊る。やはり拍手喝采。
今日のギャランティーはタロイモ(笑)
さー、このいっぱいのタロイモをどうやって食べようか?
実を言うとLEIはノリみたいに練ったタロイモは苦手。
結果タロイモの天ぷらを作ってAntyにご馳走したら〜オイシイ〜って言ってた。
〜HUI OHANAデニスパパオの想い出〜
私達と一緒に練習しようと言われ、
デニスパパオの2度目?の奥様から半年間フラを習った事がある。
その練習の時にウクレレを弾いて歌ってくれていたのがデニスパパオだったのだ。
その時はデニスパパオがどんな人かももちろん知らない。
後ほどナレオハワイアンズの白石さんにその事を話したら
〜ずいぶんすごい事をやって来たなあ〜と言われて改めて
デニスパパオの偉大さを知る事になる。
それはそれで終わってしまいましたがデニスパパオにはご縁があるらしく、
しばらくして東京のステージで一緒にショー出演しましたが
その後この方も若くして急死されてしまいました。




Dance Island Style
Anty Dollと、ひと夏一緒にショーの仕事をしてた頃、
自分自身のスタジオDIS(ダンス・アイランド・スタイル)をオープンする事になった。
オープン前日、Anty Dollにお祈りに来てもらった。
もちろん、後、その時に長くついていたメレさんにはオープニングのセレモニーを
してもらいましたが、メレはスタジオの隅々に塩を置いていた。
お塩って全世界で同じような使いかたをするのかな?



アロハ協会 発足記念パーティー
これが、ひと夏一緒にショーの仕事をしてたAnty Dollとのいよいよ最後のショーになってしまいました。
その後も何回かマウイ島に行きAnty Dollとはいい関係を続けています。